広報誌No.16 特集「平成26年度診療報酬改定」

対談 平成26年度診療報酬改定 高度急性期からの理学療法の推進

診療報酬とは、医師や看護師、薬剤師、理学療法士といった、医療従事者が提供した医療サービスに支払われる対価のことを指します。これは、2年に一度、そのときの経済状況や医療業界を取り巻く環境を考慮し、かつ医療政策を反映した形で見直されます。これが診療報酬改定です。 2月12日、平成26年度診療報酬改定の方針が発表されました。その中で、理学療法士をはじめとしたリハビリテーション専門職の急性期病棟配置など、今までにない新たな取り組みが示されました。この新たな取り組みの狙いと目的を、公益社団法人日本理学療法士協会会長 半田一登が、厚生労働省の秋月玲子さんにお聞きしました。

  • 公益社団法人 日本理学療法士協会 会長 半田 一登
  • 厚生労働省保険局医療課課長補佐(取材時) 秋月 玲子さん

診療報酬改定とは?

半田:こんにちは。今日は、先日発表された平成 年度診療報酬改定について、お聞きしたいと思っています。よろしくお願いします。

秋月:はい、よろしくお願いします。

半田:はじめに、秋月さんは、今回の診療報酬改定では、どのような役割だったのか、教えていただけますか。

秋月:はい。そもそも、診療報酬改定は、医療サービスの対価を定めるものですが、定めるにあたり、中央社会保険医療協議会(通称・中医協)と呼ばれる厚生労働大臣の諮問機関で議論されます。

半田:医療従事者、保険者、公益委員の3つのグループからなる審議会ですね。

秋月:はい、そうです。中医協の議論を踏まえたうえで、改定内容は決められます。ただ、議論する内容は、非常に膨大です。そこで、わたしが在籍する厚生労働省保険局医療課が、全国のさまざまなデータや問題点、さらに論文などのエビデンスをまとめ、中医協に示し、次の改定内容の提案を行います。中医協では、その提案をもとに議論していただき、改定内容を決めていきます。その結果が、平成26年2月12日に答申というかたちで、発表されました。

急性期病棟へのリハビリテーション専門職配置の目的

半田:今回発表された改定には、いくつかポイントがあると思っています。まず、急性期病棟へのリハビリテーション専門職の配置です。これは今までにない、まったく新しい取り組みです。これには、どのような目的、経緯があるのでしょうか。

秋月:はい、厚生労働省では、退院後に病気は治ったけれど、日常生活動作(以下、ADL)が低下してしまった患者さんの存在に着目しました。こうした患者さんは、入院患者のうち、数%で大きな割合ではないのですが、退院するときに、別の新たな問題を抱えているというのは、やはり見直すべきだと考えられたのです。

半田:はい。

秋月:そこで、この問題を改善するためには、現在病棟で活躍する医師、看護師に加え、理学療法士、作業療法士、言語聴覚士といったリハビリテーション専門職の活躍が有効と考えられました。事実、理学療法士を病棟に配置することで、入院期間が短くなる、ADLが向上するといった効果も、データから確認することができたので、中医協への提案内容に盛り込まれたのです。

半田:なるほど。この取り組みは、われわれも、とても新しく素晴らしいものだと感じています。

秋月:そうですね。

半田:なので、中医協では、戸惑いなどがあったのではないかと思っているのですが、実際はいかがでしたか。

秋月:いえ、そんなことは、まったくなかったです。むしろ、中医協でも、退院時に新たな問題を抱えているということは、本来の医療のあるべき姿を考えると、改善すべき問題だろうというご意見でした。そして、その問題はリハビリテーション専門職を配置することで、解決につながることが示されていましたし、これは、医療従事者、保険者、患者さん、すべての人にとって良いことですから、今回の改定に反映されたと思っています。

半田:そうですか。わたし個人としても、今回の取り組みは、とても画期的なことだと受け止めていて、ぜひ前向きに取り組んでいきたいと思っています。

秋月:はい、ぜひお願いします。

半田:その理由に、団塊の世代が、後期高齢者となる2025年には、さきほど、おっしゃられた数%の割合が、跳ね上がる可能性があると危惧しているからなんです。

秋月:確かにその可能性は考えられますね。

半田:なので、その可能性を考慮すると、病院における新たな病態の"予防"という取り組みをしっかりと根づかせることが、今後の医療にとても重要なのでないかと思います。その意味では、急性期病棟での予防の知識を持つリハビリテーション専門職が活躍することは、とても有効なものになるでしょう。

秋月:はい、わたしも、まったく同じ気持ちです。高齢化社会をむかえ、今後の医療を考えると、急性期病棟勤務のリハビリテーション専門職が担う役割は重要であると思っています。

急性期病棟での"予防"としてのリハビリテーションを普及させる

半田:しかし、現場の理学療法士たちからは、戸惑いの声も聞こえてきています。

秋月:戸惑いの声ですか。

半田:そうです。これはいったいどういうことだろうという声です。つまり、今までのリハビリテーションのあり方から考えると、今回の改定は、未知のことですから、やはり理解しづらいのだと思います。

秋月:なるほど。それは、そうですよね。

半田:この戸惑いは、リハビリテーション専門職はもちろん、病院の経営者たちにも生じていると思います。この戸惑いを解消するためにも、改定の目的をしっかり伝えていく必要があると感じています。

秋月:確かに、今回の取り組みは、新しくつくった評価ですから、理解していただくのも、簡単ではないと思います。今まで、リハビリテーション専門職は、疾患別リハビリテーション、回復期リハビリテーション病棟での業務が中心だったのが、今後は、より活動の幅が広がることになるわけですから、その変化に対応することへの努力は、当然出てくると思います。リハビリテーションが必要になったときに関わるだけではなく、リハビリテーションには一見関係のないひとにもADL低下の、"予防"の観点から早く介入するという意識で活躍していただきたいと思っています。

半田:そうですね。

秋月:ただ、まだ具体的に何を実施するか確立されていない状態であることも事実ですから、わたしたちも、これで完結したとは思っていません。今回の通知には、定期的なADLの評価、カンファレンスの定期開催、転倒転落の防止対策といった内容を記載していますが、それ以上細かいマニュアルはありません。今後、全国へ普及するためには、日本理学療法士協会をはじめとした各協会、また全国のリハビリテーション専門職のご意見を聞いて、標準化を進めていかなくてはならないと思っています。

半田:わたしたちも、発展途上にあることを理解したうえで、取り組んでいきたいと思います。その問題を解決するためにも、経験豊かで見識のある人材を病棟に配置する必要があると思い、全国の理学療法士にそのことをお願いして回っています。

秋月:確かに見識のある人材を配置することは大切ですね。今までも、リハビリテーション専門職の方は、チームとして活躍されていたと思いますが、チームのメンバーもまたリハビリテーションの知識をもった方だと思います。

半田:そうですね。

秋月:しかし、これから一般病棟で業務にあたる場合、リハビリテーションにそれほど詳しくない方々に囲まれながら、取り組むことになります。その状況で、いかにチームとして活動できるかが、大切になります。そのためには、病棟に勤務するリハビリテーション専門職が患者さんだけでなく、その他の医療従事者への正しい知識の普及啓発に取り組むことも重要になってきます。それは、経験の豊かさや、見識の深さといった素養が大切になると思います。

地域包括ケア病棟の新設により急性期・回復期・在宅をつなぐ

半田:そして、もうひとつ触れたいのが、"地域包括ケア病棟"が新設されたことです。

秋月:はい。

半田:これもまた、今回の改定のポイントになると思っているのですが、この狙いを教えていただけますか。

秋月:はい、今回の改定の目的は、平成24年度と同様、医療機関の機能分化と、その連携があります。そして、今の問題として、急性期病棟が、しっかりと急性期医療に専念できていないという現状があります。

半田:専念できていないとは、どういうことでしょうか。

秋月:現在、全国には7対1病棟と呼ばれる病棟(入院患者7名に対して1名の看護師が配置されている病棟)が36万床あります。この病棟は急性期で病態の不安定な患者さんが入院することを想定しています。しかし、実際は、90日以上の長期入院をしている患者さんがいたり、一泊、二泊といった短期手術を多く行うことで施設基準の平均在院日数18日以下を維持する施設などが見られました。

半田:本来求められている機能とは違っていたということですね。

秋月:はい。ですから、今回の改定では、本来の急性期医療に専念していただくよう、7対1病棟の要件を見直し、厳しくしました。

半田:なるほど。しかし、そうすることで、早い段階で急性期病棟を出られる患者さんが増えてくるということになりますね。

秋月:そのとおりです。その受け皿として、"地域包括ケア病棟入院料"が新設されました。この病床は、ご指摘いただいたような、急性期を過ぎて転棟する患者さんの受け入れ、また、それほど重症でない患者さんを受け止める病床として、活用されることを期待しています。

半田:この地域包括ケア病棟をみて、今までと大きくデザインが変わったと思っていました。回復期病棟は急性期病棟からの患者さん受け入れしかない。ところが、この新しい病棟・病床は、急性期病棟からも受け入れるし、地域からの受け入れもする。この点は、新しい機能だと考えられますね。

秋月:おっしゃるとおりです。回復期病棟は、リハビリテーションに特化した機能であり、急性期病棟からの受け入れが多くを占めています。しかし"地域包括ケア病棟"は、急性期病棟からの受け入れに加え、在宅等で急変された方の対応や、在宅医療の提供もあります。その名の通り、地域に根ざした医療を提供していただくことを念頭においた評価となっています。

医療従事者だけでなく医療を受ける方々にも意識を変えてほしい

半田:わたしは、こうした新しい取り組みにあたり、医療従事者への理解と同時に、医療サービスを利用する側の意識の変化も必要になると思っています。

秋月:そうですね。

半田:今まで、われわれ国民は、あまり深く考えず医療を利用していたように思うんです。

秋月:なるほど。

半田:しかし、これからは、国民もしっかり医療制度について考えたり、正しい知識を身に付けていただく必要があると感じています。一定の年齢以上の方が、動かずにじっと寝ていることにも問題があるといったことを知ってもらいたい。それは、たとえ有効なシステムをつくっても、利用する側にしっかり知っていただかなくては、効果が弱くなってしまうと思うのです。

秋月:確かに、以前は、医療従事者も、患者さんも病気になったり、手術をしたあとは、安静が必須であると感じている部分がありました。でも、実際は、できるだけ手術の翌日から歩いたほうがいいですよね。また、入院日数の短縮を目指していることが、患者さんの追い出しにつながると思われてしまうこともあります。

半田:確かに。しかし、それは誤った認識ですね。

秋月:リハビリテーション専門職が早期に介入するということは、病気を治すだけでなく、退院後できるだけ早く社会生活に復帰するという観点で行われるということを皆さんに知っていただきたいですね。そうした正しい知識の伝達と、普及啓発を、行政のみならず、リハビリテーション専門職も担ってくれることを期待しています。

半田:者さんたちも、制度のこと、医療のことをしっかり知っていただく。そのうえで、自分の疾患と照らしあわせ、ご家族を含めたよい選択をしてもらいたいですね。

秋月:そうですね。

今回の改定を活かしてよりよいリハビリテーションを

半田:ただ、今の制度の中では、リハビリテーション専門職が、患者さんたちとしっかりと対応できていない現状もあるのかなと思います。

秋月:それは、どのようなことでしょうか?

半田:理学療法士等は20分1単位の制度に拘束されていて、患者さんや、ご家族とのやりとりが長時間取りづらい現実があります。

秋月:はい。

半田:ですから、もう少し、患者さんと過ごす時間が持てればと思います。

秋月:その問題の解決策ではないですが、今回の改定にも、そうした問題意識を反映した部分があります。初めに触れた、リハビリテーション専門職を配置した場合の加算について、あまりプロセスを細かく規定していない点です。その理由は、アウトカムの評価を要件として入れているからです。具体的には、入院中にADLが低下した方は3%未満、院内での褥瘡発生率は1.5%未満に抑えるというものです。
もし、今後、現在の20分で1単位という疾患別リハビリテーション料の算定方式とは別に、アウトカム、つまり患者さんの状態がこれだけよくなったという客観的評価ができるようになれば、必ずしも時間にこだわる必要はなくなるかもしれません。要するに結果さえ出せば、患者さんにとってメリットがあれば、その過程を診療報酬の中で決めてなくもいいということになるかもしれないと思います。

半田:それはいいですね。わたしも将来的にこうなったらいいなというのがありまして。たとえば、脳血管障害で、座れない方もいれば、走ることができる方もいる。同じ疾患でも、症状は違うわけですね。

秋月:そうですね。

半田:でも、今は、それを同じ制度、同じ点数で評価しています。それは、やはりどうかと思うわけです。ひとりひとりに見合った強弱をつけた治療が一番ではないかと。

秋月:確かにリハビリテーションの場合、患者さんの年齢、その時の状態、持っている疾患によって、治療内容が違うはずですね。でも、診療報酬は、全国一律で評価する仕組みです。どうしても個々の患者さんの状態と照らし合わせると、矛盾が生じます。それは、今後の課題であり、いろいろなデータを検討して、解決していく必要があると思っています。

半田:そのような、改善すべき問題は、まだまだたくさんあると思いますが、今回、われわれ理学療法士にとっても、とてもいいチャンスをいただいたと思っています。今後の日本の医療を、しっかりと担保できるよう取り組んでいきたいと思います。本日は、どうもありがとうございました。

秋月:こちらこそ、ありがとうございました。

笑顔の肖像

日本理学療法士協会が今春制作した動画「For your next step~笑顔をあきらめない~」にご登場いただいた谷康弘さんと熊谷美咲さんを紹介します。

  • 東京湾岸リハビリテーション病院 理学療法士 谷 康弘さん(右)
  • 医療法人社団 保健会 谷津居宅サービスセンター 理学療法士 熊谷 美咲さん(左)

谷:回復期リハビリテーション病院の理学療法士は、患者さんと長い期間リハビリテーションに取り組んでいくので、一緒に変化をみていけることが醍醐味だと思います。以前、当院に転院してきた時はリクライニング車椅子を使用されていて、自力では立つことも起きることもできなかった方が、杖や装具を使って歩けるところまで回復されて、退院する際には一人で立って、僕に向かっておじぎをしてくれました。すごく印象的な出来事で、理学療法士の仕事をしていて本当に良かったと思いました。患者さんは、精神的なストレスを抱えていることも多いので、そういう面までサポートできたらいいなと思っています。

熊谷:通所リハビリテーション施設で、患者さん一人ひとりのプログラムの立案・指導を行っています。重い物を持てなかった方が持てるようになったり、麻痺のある方が麻痺側で動作できるようになった時などに、やりがいを感じます。私は、曾祖母が寝たきりになってしまった時に、リハビリテーションを受ける機会がなかったことがきっかけで理学療法士を目指したので、これからもっと経験を積んで、将来的には地元でその経験を活かしていきたいと思っています。

動画「For your next step~笑顔をあきらめない~

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