広報誌No.14 特集「訪問リハビリステーション」
Message
訪問リハビリテーション及び理学療法士の今後
地域包括ケアシステムは、2025年をターゲット年として、自助・互助・共助・公助による新しい高齢社会のシステムです。とりわけ理学療法士としては、自助及び互助にいかに理学療法を反映させるか重大な課題と考えています。生活習慣病予防・転倒予防・介護予防等の予防理学療法の整備は急務となっており、自助・互助として予防に携わる理学療法を、社会的に貢献させる体制作りが必要とされております。
本会では、高齢社会における地域での種々の課題(在宅者へのリハビリサービスの提供・障害児への支援・地域高齢者の健康支援等)を解決する一つの手段として訪問リハビリステーションを考えてきました。そして、共助に位置する介護保険を効率的・効果的に発展させる有効な道具としても位置付けています。平成24年度介護保険改定に、この訪問リハビリステーションの創設の可能性を感じていましたが、残念ながら実現には至りませんでした。しかし、東日本大震災の復興特区指定を受けて、平成24年11月1日に福島県南相馬市に浜通り訪問リハビリステーションを立ち上げました。また、この4月からは岩手県山田町に第2弾の訪問リハビリステーションを開設し、被災者や地域住民の自立した生活を支えていく予定となっています。
理学療法士一人ひとりが、すべてのひとの健康と幸福を実現するために尊厳ある「自立」と、その「くらし」を守る活動に全力で取り組みます。そして、自助・互助・共助・公助による新しい社会のシステムを実現させ、だれもが安心して暮らせる社会を目指して国民の皆さまとともに努力してまいります。
公益社団法人 日本理学療法士協会 会長
半田 一登
訪問リハビリステーション誕生ドキュメント
被災地へ、訪問による理学療法をしっかりと、届けていきたい
(浜通り訪問リハビリステーション)
東北地方を中心に甚大な被害をもたらした東日本大震災。その爪あとも癒えない福島県南相馬市の浜通り(太平洋沿岸の東部地域)に昨年 11 月、「訪問リハビリテーション振興財団」の第1号訪問リハビリステーションが誕生しました。生活を支える訪問リハビリステーションの目的と、震災復興への願いとが一致したその活動の模様を紹介します。まさに社会が求めている理学療法士の姿が、被災地で取り組む訪問リハビリテーションを通して伝わってきます。
震災を契機に生まれた財団設立第1号 訪問リハビリステーション
東日本大震災から1年が経過した平成24年の春、南相馬市では復興の遅れと共に、仮設住宅での、引きこもりによる運動機能の低下や脳卒中や認知症などの発症の増加が顕在化し、深刻な問題となっていました。
日本理学療法士協会では、震災が起きた平成23年4月から9月にかけて、全国から理学療法士を集め、災害ボランティアとして支援活動を行ってきました。その初期段階から被災された方々の健康管理や生活不活発病の予防が求められ、災害時の理学療法士の関わりが注目されました。また、地域で行うリハビリテーションの重要性を多くの方々に理解してもらう良い機会にもなりました。
その年の12月には東日本大震災復興特別区域法(復興特区法)」が施行され、リハビリテーションの普及を推進するために、被災地を限定して「訪問リハビリステーション」の開設が認められました。それを実現させるために、日本理学療法士協会、日本作業療法士協会、日本言語聴覚士協会は共同して「一般財団法人訪問リハビリテーション振興財団」を設立させました。そして、南相馬市に財団設立第1号の「浜通り訪問リハビリステーション」が誕生することになったのです。
訪問リハビリステーションは、医療連携の基点や介護予防、健康支援の拠点としても期待されています。
浜通り訪問リハビリステーションは、福島県の浜通り地区の再生に向けて動き出したばかり。しかしその一歩、一歩は、安心して豊かな生活を送れる日本社会全体の再生につながっているのです。
高齢者の在宅復帰の支援へ核となる理学療法士の役割
浜通り訪問リハビリステーションは、介護を要する方など通院が困難な方に身体機能を改善・維持できるよう、ご自宅に訪問して行うリハビリテーションを提供します。
ここで訪問リハビリテーションに携わっている理学療法士の安部ちひろさんは次のように語ります。
「訪問リハビリテーションでは、症状・血圧など全身状態のチェックに始まり、立つ・歩くや寝返りなどの基本動作がスムーズになるように動作方法の助言やその動作の練習を行います。また、安全に配慮して快適に行えるように住宅改修を勧めたり、福祉用具の導入のお手伝いもします。
歩く距離を伸ばすための歩行練習が、実際の生活に結びついたと聞くと、やりがいを感じます。それを実感できるのが『訪問リハビリステーション』で、そこで働く意義そのものです」
訪問リハビリテーションでは、主治医だけでなく、ケアマネジャーや看護師、ホームヘルパーなどの様々な専門職との連携が欠かせません。お互いの顔と顔が見えることがとても重要になり、そこではケアマネジャーを中心とする連携が欠かせません。
自立支援を目的とする理学療法士の視点からトイレの介助方法についてホームヘルパーとご家族に助言することもあります。実際の生活環境のなかで介護の質を高められるのも訪問するメリットの一つです。安部さんはこう話します。
「ご家族やホームヘルパー、看護師など、ご本人を中心に多くの人たちが関わっています。その関わりの中で情報交換し協力し合うことで在宅ケアの質を高め、結果的にご利用者の心身状態が向上するなど、効果的なリハビリテーションにつながります」
地域包括ケアシステムの推進 理学療法士の視点
急速な高齢化の進展にともない、新たな高齢化社会システムとして、地域包括ケアシステムの取り組みが推進されています。地域包括ケアシステムには、高齢者が住み慣れた地域において継続して生活できるよう、医療・保健・福祉の専門職が連携し、介護、医療、生活支援の各サービスに住まいを加えた4つの視点での取り組みを、継続的、包括的に切れ目ないサービスとして提供していくことが求められています。この地域包括ケアシステムの実現には、自分でできることは自分で、できないことは地域や社会が支え合うという、共助の理念が大切です。それはまさに、リハビリテーションの理念でもあります。
理学療法士は、身体機能の改善だけでなく、例えば杖のグリップを変える、衣服の着方を工夫してみる、膝にサポーターを巻く、手すりの高さを変えるなど、様々なアイデアと工夫で動作の改善を図ります。そうした活動には、ご本人の能力を活かすこと、さらに能力を開発していくことが重要になります。また、その先の予後を見据えて、できる限り介護状態とならないための予防の視点を取り入れることも重要です。地域包括ケアの取り組みにおいて、理学療法士がケアマネジャーや様々な職種と一緒になって取り組みが行えたときこそ、まさに理学療法士が地域包括ケアシステムの"発火点"になる瞬間なのです。
訪問で生活にメリハリ 暖かな春には外出したい
実際に浜通り訪問リハビリステーションの訪問リハビリテーションを受けられている南相馬市在住のTさん宅に伺いました。市は地震・津波・原発事故の被害をすべて受け、地域によっては避難指示や屋内退避を経験された住民が数多く、肉親を失った精神的苦痛や慣れない仮設住宅といった環境による健康・生活障害は計り知れません。
Tさんも、もちろん震災の影響を受けた一人です。
「避難指示が出たときは、一時、横浜に住む娘の家に厄介になりました。慣れない環境で、もちろんリハビリテーションもままならず、精神的に疲れました。いまだに仮設住宅に住んでいる人はたくさんいます。リハビリテーションを受けたくても受けられない患者さんがたくさんいると思います」
そんなTさんは、訪問リハビリテーションの効用を次のように語ります。
「糖尿病の合併症で末梢神経が麻痺し、市立病院で理学療法を受けていたんですが、訪問リハビリテーションを受けるようになって約2か月、劇的な変化はありませんが徐々によくなっていますよ。今はまだ通院することは難しく、自宅で受けられる訪問リハビリテーションは有難いです。杖をついて室内を歩きだしてから痛みが出た肩を重点的にお願いしているんですが、肩の痛みが取れたら4月頃をめどに外へ出て、新鮮な空気を深呼吸しながら屈伸運動などを始めてみたいですね」
春の訪れと共に外出の目標を語るTさんの笑顔が印象的でした。
さらなる普及が待たれる訪問リハビリステーション
浜通り訪問リハビリステーション唯一の地元出身者でもある安部さんは、復興の力になりたいという思いが強かったそうです。南相馬市での訪問リハビリステーションの開設を知って、理学療法士である自分の力を少しでも地元のために役立てたいと考え、一般財団法人訪問リハビリテーション振興財団による第1号訪問リハビリステーションのなかに飛び込みました。そしていま安部さんは、スタートしたばかりの訪問リハビリステーションに次のような思いを抱いています。
「地元で働いてご利用者の方々と接していると、まだまだ復興には時間がかかるという印象が強いです。今後もあせらず継続的に関わっていきたいと思っています。
また、訪問地域が南相馬市から相馬市までと広いこともあるのですが、浜通り訪問リハビリステーションの認知は、介護に従事する事業所の間でもまだまだ進んでいないのが実情です。〝顔の見える連携〟の拡大に向けて、定期的に開かれる介護関連の勉強会にも積極的に出席し、活動内容を説明するなど、訪問リハビリステーションの理解を広めたいと考えています」
浜通り訪問リハビリステーションは、南相馬市や市の医療機関からの強い要望を発端に設立に至った経緯があります。日本理学療法士協会では、加速化する高齢社会や、在院日数の短縮化といった医療環境を背景に、在宅復帰を支援する訪問リハビリステーションの制度化を進めてきました。そうしたかねてからの協会の強い思いと、復興特区法の施行、さらに南相馬市の深刻な事情が重なり、浜通り訪問リハビリステーションが実現されたのです。
浜通り訪問リハビリステーションが置かれた福島県浜通り地区は、もともと若い世代の流出による独居老人や老老世帯の増加、そして市立総合病院はじめ医療や介護現場からの人材流出などの事情を抱えた地区でした。しかし、それらはこれからの日本の課題とも言えます。今回の訪問リハビリステーションの誕生は、被災地がもつ緊急性が契機だったとはいえ、いわば訪問リハビリステーションは、日本社会全体に今後求められる機能を備えた施設だと言ってよいかもしれません。
一般財団法人訪問リハビリテーション振興財団では、南相馬市に続いて岩手県宮古地区に第2の訪問リハビリステーションを開設する準備も着々と進めています。一つひとつの課題を乗り越えて、いつの日か、復興特区法によってではなく「訪問リハビリステーション」を日本全国に開設できる道しるべとなるべきものと信じ、その役割の責任の大きさを感じながら、その挑戦は続いています。
理学療法士 安部 ちひろさん
笑顔の肖像
-
了德寺大学 健康科学部 理学療法学科助教、理学療法士
荒木 智子さん
私が理学療法士を目指したきっかけは、オリンピックの試合直前に負傷した選手が金メダルをとったエピソードを知ったことです。選手になるのは難しいけれど、選手を支える立場ならと思ったことが始まりでした。最初は医師を目指しましたが受験で苦戦し、第二希望だった理学療法士を目指すことにしました。
現在は大学教員をしています。教員といっても教育の専門ではなく、あくまでも理学療法の専門家として学生に接しています。大学教育においては臨床経験や研究も必要ですので、時間を作って臨床や大学院に出て、その経験を学生へ伝えるように心がけています。
一方、プライベートでは4歳の娘と単身赴任中の夫との生活があり、日々家庭と仕事の両立という点で模索しながら生活しています。もともと子どもはすごく苦手でしたが、いざ育て始めると大変なこと以上に楽しいことが沢山あることを実感します。
親になると、特に女性は「育児か仕事か」の選択を迫られる風潮がまだまだありますが、どちらも選択でき、それが当たり前になればと思い、託児付きの勉強会の運営や産前産後のキャリアデザインのプロジェクトにも参画しています。
元々は第二希望だった理学療法士の仕事も今は大好きで、今後も細々とでも続けていきたいと考えています。学生の中には多忙な学生生活などから道半ばであきらめかけてしまう学生もいますが、そんなときには臨床現場での患者様との出会いやそこからの学びなど、この仕事の魅力を伝え、また卒業後の長い人生について夢を持ち、仕事もプライベートも充実した日々を送るための原動力になれるような役割を果たしていきたいと考えています。
また、時には理学療法士の仕事をまだ知らない方が多くいることを知ります。もっとこの職種の魅力や臨床・研究・教育という幅広い職域について、一般の方々に伝えることも大切な仕事の一つと考えます。