広報誌No.18 特集「地域包括ケア病棟~地域をつなぐ医療とリハビリテーション~」
Message
団塊の世代が後期高齢者になる2025年を目標とした地域包括ケアシステムは、超高齢社会に適合した新しい医療・介護体制を作ることを意味します。2年くらい前までは、この地域包括ケアシステムは前に進まないだろうとの見解を述べる人は決して少なくない状況でした。それが平成26年度診療報酬改定で、地域包括ケア病棟が位置づけられたことは、厚生労働省や政府の強い意欲が示される結果となりました。この病棟のネーミングは、衝撃的であると共に、診療報酬も地域包括ケアシステムの一部としての機能を有することが明確になりました。
この病棟の役割は急性期からの転入、在宅からの新入、在宅医療への転換等、地域に根差したものです。それゆえに、理学療法士に求められる能力は多様で、社会保障制度改革国民会議の報告書にあるように、「治す理学療法」から「支える理学療法」までが求められます。
この病棟の理学療法士には解決しなければならない課題があります。長い間、理学療法士はリハビリテーション料の中で、出来高払いで治療を行ってきました。1日標準18単位、最大24単位、週108単位、このことを常に意識してきました。それが、初めての「まるめ」となり、大きな戸惑いが生じています。決まっていることは、リハビリテーションの必要な患者には1日2単位以上を提供することのみです。大切なことは「2単位以上」必要な患者をどのように選択するかです。まるめの中で全ての患者が2単位という、ミニマム理学療法に陥らないようにしていかねばなりません。
理学療法士は、目先の利益のみに関心を寄せるのではなく、地域包括ケア病棟でしっかりと役割を果たすための努力が強く求められています。
公益社団法人 日本理学療法士協会
会長 半田 一登
Intoroduction
「地域包括ケア病棟」―地域包括ケア病棟と理学療法士の役割―
今回の「笑顔をあきらめない」では地域包括ケア病棟を特集テーマとしました。
平成26年4月から地域包括ケア病棟は新設されましたが、この病棟が新設された背景には高齢者の医療・介護問題と地域社会のニーズがあります。
つまり、高齢者が増える中で医療と介護を複合化し、対応できる体制づくりが必要であり、その重要なポジションに地域包括ケア病棟はあります。
地域包括ケア病棟では、急性期を経過した患者(ポストアキュート)、在宅・介護施設等からの患者であって症状の急性増悪した患者(サブアキュート)に対しても十分な治療は継続して提供することができる、地域に密着した病棟です。これに加えて理学療法およびリハビリテーションの充実を図ることで、身体機能を回復させ、在宅復帰を円滑に目指すことが可能となります。理学療法士が病棟専従になることで、ただ単に身体機能を高めるだけでなく、実際の日常生活動作をよく把握した上で、具体的かつ安全に行える環境設定を行えます。退院先での生活を見据えた提案や指導が可能となり、在宅復帰につなげることができます。
現時点では各施設で試行錯誤しつつ、運営されているかとは思います。また、地域包括ケア病棟の運営については地域性によって異なることが指摘されています。
そこで、今回、リハビリテーションの観点から見た地域包括ケア病棟の運営や理学療法士の役割について考えていきたいと思います。
地域包括ケア病棟との連携図
特集1 地域包括ケア病棟 地域をつなぐ医療とリハビリテーション
公益財団法人東京都保健医療公社 荏原病院では、2014年8月から、地域包括ケア病棟が設立されました。そこでは、地域包括ケア病棟が、いったいどのような役割を目指しているのでしょうか。また、理学療法士たちは、その中で、どのように活躍しているのでしょうか。その実態を探ります。
Interviewee
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公益財団法人東京都保健医療公社 荏原病院
理学療法士・糖尿病療養指導士
小磯 寛さん
急性期病院・地域・在宅の急変時 3方向からの受け入れをする柔軟な病棟
当院は506床を有する二次救急指定の医療機関であり、リハビリテーション科は常勤医師2名、非常勤1名、理学療法士13(内2名育休中)、作業療法士6名(内1名育休中)、言語聴覚士2名という体制です。その中で、地域包括ケア病棟は専従セラピストとして理学療法士が1名配属され、40床の運営を行っています。
地域包括ケア病棟に入院される患者さんの割合は、地域の在宅から入院される方が4割、他の地域の急性期病院から転院される方が4割となっています。また、残り2割は、院内の整形外科や、内科、脳神経外科からの受け入れとなっています。
特に、増えてきているのは、近隣の大田区、品川区の急性期病院からの受け入れです。急性期病院で手術を受け、2、3週間後に、地域包括ケア病棟で、最大60日間入院されて、自宅へ帰っていくという患者さんが増えています。そういう方は、回復期リハ病棟に入るほどではないけれど、いきなり自宅に帰るには、不安や、リスクが大きく、もう少しリハビリテーションをやりたいという患者さんご自身やご家族の希望で来られる場合が多いです。
今後ますます進む高齢化や、在宅医療の充実を掲げる政策を鑑みると、このような患者さんがより増えてくるのは、間違いないでしょう。そうした事態を、きちんと乗り越えられるよう地域包括ケア病棟がより大きな役割を担う必要があると思いますし、今後さらに地域包括ケア病棟を効果的・効率的に運営していく必要があると感じています。
リハビリテーションを中心に置いた病棟 特色を持って、地域に根付く
地域包括ケア病棟のあるべき姿は、われわれ自身も、まだ運営期間が浅いということもあり、医師も含め、正直模索している段階です。日々業務を行い、課題が出たら、解決していくという流れで、取り組んでいます。その中でも、常に意識しているのは、一般病棟とは異なる、特色のある病棟にしなくてはいけなということです。そのあり方として、一般病棟は、治療がメインですが、地域包括ケア病棟は、リハビリテーションがより前面に出た病棟にするべきではないかと思っています。本来は、治療とリハビリテーションは、同じもののはずです。しかし、内科的な治療をして、自宅に帰ったときに、介助が必要になってしまう事例が生じるなど、リハビリテーションの意識が当院ではこれまで十分に浸透していなかったように思います。今回の地域包括ケア病棟ができたことは、自宅に帰ったときに、より自立した生活が過ごせることが何よりも大事なんだという意識を浸透させられるいい機会なのではないかと思っています。内科的な治療だけでなく、運動機能も重視すべきだということを患者さん、そして他の医療職にも伝えていかなくてはなりません。その役割を、理学療法士をはじめとしたリハビリテーション専門職が率先して果たしていく必要があると思います。
地域全体で地域包括ケア病棟を考える それを支える地域の理学療法士の連携
地域包括ケア病棟のあるべき姿、役割というのは、地域にどのようなニーズがあり、そして、どのような資源があるかで変わってくるのではないかと思います。たとえば、大田区の場合だと、ひとつの区ではありますが、70万人ということで非常に人口が多いです。その分、高齢者の方も多く、ニーズも多様です。その中で、地域にある医療資源をどう活用していけるか。そして、そうした実情に照らしてはじめて、地域包括ケア病棟は、どのような役割を担うべきなのかが見えてくるのではないかと思っています。それは、当院だけで考えるのではなく、他の医療機関と連携して考える必要があると思います。
その活動の一端として、大田区では、理学療法士たちが、自主的に理学療法士の会を作ろうとしています。この会の目的は、それぞれ異なる医療機関に勤めているリハビリテーション専門職が集うことで、地域全体 が持っているニーズを吸い上げたり、また、そのニーズに対し、何ができるのか検討しあうことにあります。また、単純に顔を合わせることで、親密さが増します。顔を知っているだけで、患者さんについてのやりとりのしやすさも格段と上がるので、今後地域包括ケア病棟で連携をする際にも、大きな効果をもたらすと考えています。また、こうした会があることでわかりやすい窓口ができ、行政や他団体との協働がしやすくなるのではないかと思っています。この会を通じて、他職種との関わりを強くし、更なる地域医療の充実を目指していきます。
Interviewee
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公益財団法人東京都保健医療公社 荏原病院
リハビリテーション科 医長
尾花 正義さん
回復期リハ病棟へいけない患者さんに安心な自宅生活を実現させる病棟
地域包括ケア病棟を開設してから、模索しながらではありますが、順調に運営できていると思っています。その理由は、わたしたちが、亜急性期病床の考え方を維持しながら、運営を進めていることにあると思っています。
亜急性期病床は、かつてあった病床ですが、急性期病棟から地域へ帰っていただく、ご自宅に戻っていただくという目的が明確にあるものでした。現在、わたしたちは、その考えに基づき、あくまでも、急性期が終わって、在宅へ帰る方を受けて入れて、できるかぎりリハビリテーションを提供して、ご自宅へ帰っていただくことを大切にしています。このように、地域から来る人だけではなく、地域へ帰る人への受け皿としての機能を持っているからこそ、順調な運営ができているのではないかと思っています。
では、それは、いったいどういう患者さんなのか。それは、回復期リハ病棟に行けない方です。病名のために行けなかったり、発症から時間が経ってしまって行けない人が挙げられます。
そういう方たちを、地域包括ケア病棟ができて、受け入れることができるようになったということは、とても大きな効果をもたらすと思っています。今までは、そういった方たちの受け皿がありませんでした。地域包括ケア病棟は、その役割を担える病棟だと思います。また、運営していく中で、地域の急性期病院から、そうしたリハビリテーションへのニーズも聞こえてきます。だからこそ、この地域包括ケア病棟には、大きな可能性があるのだと感じています。
課題は、たくさんある だからこそ、明確な役割、使い勝手の良さを示す
ただ、地域包括ケア病棟には、課題もあります。現状、地域包括ケア病棟を維持するためには、1日平均2単位以上のリハビリテーションが必要です。それを、実際にやろうとすると、かなり厳しいものです。現状、スタッフたちには、かなりの負担を強いていると思います。では、スタッフを増やそうと思っても、現状、地域包括ケア病棟は、まるめになってしまっています。だから、どんなにリハビリテーションを実践しても、結果として、何も残らない、評価されない状態にあります。その部分は、スタッフ、また病院の経営的にも非常に苦しい部分になっています。しかし、患者さんからのニーズがあるかぎり、この機能をなくすわけにはいきません。この部分は、今後、どうにかしていかなくてはいけないと思っています。そのために、対外的に、より地域包括ケア病棟の役割を示していかなくてはいけないでしょう。実際に、その効果は、すでに現れている部分もあると思っています。
当院は、地域リハビリテーション支援センターということもあり、大田区・品川区の医療機関や、リハビリテーション施設と連携しています。実際には、当院のスタッフとともに各医療機関を回り、現場の方々と顔を合わせるようにしています。だから、地域包括ケア病棟への患者の受け入れが円滑で、患者さんが退院される際は、紹介元の医療機関へとお返しすることができます。これは、患者さんにとって、とても安心感のあることだと思っています。また、万が一、調子が悪くなったら、また一時的な入院をすることも可能です。こうした患者さんにとっても、また地域の医療機関にとっても、使い勝手の良い機能として、地域包括ケア病棟を利用していただければ、より充実した地域医療を実現できると思っています。
特集2 理学療法士と他職種との連携で よりよいリハビリテーションを実現する
Interviewee
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公益財団法人東京都保健医療公社 荏原病院
理学療法士
宮﨑 亜希子さん
地域包括ケア病棟ができたことで、患者さんの状態に沿ったリハビリテー ションを提供できるようになったと思います。それにはいくつかの理由がありますが、最大の理由は「患者さんを在宅に復帰させる」という共通の目標を持てたことです。その目標に向かって他職種と連携してチーム医療を実践していきます。理学療法士が病棟専従になったことで、情報共有をしやすくなり、患者さんの状態をしっかり把握できるようになりました。
たとえば患者さんの夜間の様子や体調不良などを事前に把握できたり、ベッドからの起き上がりに苦労しているなどの情報をもとに重点的に練習を実施できたりと、より効果的かつ効率的な理学療法を提供できるようになっています。
また夜間や休日など、マンパワーがどうしても手薄になってしまう場面ですが、病棟の中でどうしたら一人でトイレに行けるだろうかと環境設定や動線をカンファレンスで検討し、退院後のご自宅の生活をイメージした理学療法を提供できるよう心掛けています。
また、ひとつの病棟で同じスタッフと業務に取り組めるので、コミュニケーションがとりやすいという点は大きいと思います。業務中でも通りすがりに、「あの患者さんの状態が気になる」とか、「こうしたらどうか」など、プチカンファレンスが気軽にできます。そういった小さなやりとりが、信頼できる関係性を築くことにつながると思います。それは患者さんにとっても、よいサービスを受けられるということで、大きなメリットになると思います。
いかにスムーズかつ、安心して暮らしていただくか 他職種と連携して実現する
病棟内のコミュニケーションだけでなく、他の職種との連携を強めていくことも大切にしています。地域包括ケア病棟の役割として重要なことに、病院からスムーズに自宅に戻っていただくことが挙げられます。そのため退院時にはケアマネジャーや訪問スタッフに来院していただき、当院の医師や看護師、ソーシャルワーカー、リハビリ担当などで退院前カンファレンスを実施しています。そこでは、ご本人の身体状況はもちろん、ご自宅の状態の把握、福祉用具の選定、住宅改修の必要性などを検討していきます。病院のスタッフと在宅のスタッフが顔を合わせて、患者さんの情報を共有できる貴重な場です。地域のかかりつけ医にご協力いただくこともあります。もし、かかりつけ医のいらっしゃらない患者さんには連携病院などを紹介することもあります。そのように、患者さんが安心して暮らすことのできる環境づくりも、大切な業務の一環として行っています。
より良い医療とリハビリのために リハビリの普及啓発と理学療法士自身のスキルアップを
これからの課題としては、より他の職種の方たちに、リハビリテーションについて伝えていくことです。一般病棟の看護師さんたちには、まだリハビリテーションに関する知識が十分に浸透していないように感じています。他の職種にもリハビリテーションをより身近に感じてもらいたく、いろいろと試行錯誤をしています。病棟での介助の現場に同席し、介助のコツや注意点などを伝えています。また定期的に病棟スタッフに向けて勉強会を開催しています。そういった工夫で、病棟スタッフ全体のベースアップにつながると考えています。
同時に、理学療法士自身もスキルアップが求められます。地域包括ケア病棟では、患者さんの疾患のバリエーションが多く、さまざまな知識が求められます。また合併症を持った方が多くなってきているので、多くの疾患に対応できる、より高いスキルが必要になっていると実感しています。ご自宅に帰っていただくことを第一に考えるためには、地域のこと、他の医療機関との連携、介護保険のことなどを学ぶ必要もあります。今まで以上の努力を求められますが、そうすることで病棟として、また病院としても「在宅につなげる力」を高めることにもつながるので、得られるものは多いと思います。そして何よりも、地域包括ケア病棟にもリハビリテーションの意識や、機能が充実してはじめて、患者さんたちに安心した暮らし、生活が提供できるのだと思っています。
笑顔の肖像
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一般社団法人 巨樹の会 蒲田リハビリテーション病院
理学療法士 山田 学さん
私は、理学療法士になって、6年目を迎えました。現在は、回復期病院に勤務しています。
回復期病院は、急性期と生活期の橋渡し役です。回復期病院で、しっかり自宅生活への準備を行うことで、よりスムーズに、ご自宅に帰っていただくことが可能になります。また、今は、地域包括ケア病棟、他の医療施設との連携が深められているので、より充実したサービスを提供できるようになってきています。
従来は、退院後の経過把握が十分でないところがありましたが、今は、地域の医療・介護施設と連携を深めることにより、その問題を徐々に解決できつつあります。たとえば、退院後の患者さんが通うクリニック等を交えて、症例検討会を実施することで、自宅生活の経過を把握することができています。そこでは、患者さんに実施したリハビリが適正だったか確認できたり、時には、不足していた要素を知ることもできます。結果的に理学療法士自身の知識・スキルが高められ、患者さんによりよいサービスの提供へとつなげられていると実感できています。
また、個々のスキルの向上にくわえて、地域の医療従事者と顔を合わせることで、親密な関係性を築くことができ、地域全体のサービス向上につながると思っています。
今後は、そうした地域の連携を深め、更には、エビデンスなどの研究分野で自身のスキルを高めて、地域の皆さんが安心して暮らせるような社会の実現を目指し、努力していきたいと思っています。