広報誌No.21 特集「がんと理学療法」

Message

「がん」という疾病と理学療法

皆さまは「がん」という言葉を聞いてどのような印象を抱かれますか。恐らく、「死」を連想される方も多いのではないでしょうか。先日、厚生労働省の方が講演の中で、「5年以内に『がん』は完全に克服できる」と発言されていたことを耳にし、厚生労働省や研究者たちの努力により、医療はそこまで進歩していることを知りました。
リハビリテーション医療は、従来から脳血管疾患リハビリテーション・運動器リハビリテーション・呼吸器リハビリテーション・心大血管リハビリテーションという区分で実施されてきましたが、数年前から新たに「がんのリハビリテーション」という分野が確立されました。リハビリテーション医療の目的は、病気やけがをした方を元の生活に戻すことにあります。これらのことを踏まえると、「がん」は治る病気になりつつあることが分かります。

また、リハビリテーション医療における理学療法士の役割のひとつに、基本的動作能力の回復が挙げられます。「基本的動作能力」とは、「寝返り」、「起き上がり」、「座る」、「立つ」、「歩く」ことを意味しています。そして、もう一つの役割は痛みを取ることです。医学的な根拠に基づいた運動指導や、電気治療等によって痛みを取る方法があります。
近年、理学療法士の業務として重要視されるものの一つに、「体力の回復」があります。病気やけがのために、安静を伴う治療を行うことで体力は著しく低下します。この体力を維持し、または回復させることは簡単ではありません。「体力」という言葉を使うと「脚力」のことと理解をする方がおられますが、その本質は「心肺機能」にあります。そのため、体力を維持向上させるためには、専門的対応が必要なのです。 いずれにしても、がんに対しては早期発見が一番大切であることは間違いありません。予防・早期発見に努め、人生を謳歌していただきたいと思います。

公益社団法人 日本理学療法士協会
会長 半田 一登

Intoroduction

2010年にがん患者の方へのリハビリテーションが診療報酬で認められるようになり、がんのリハビリテーションという認識が徐々に広がってきています。しかし、がんのリハビリテーションが広まったとはいえ、どのような理学療法が行われるのかイメージしづらいかもしれません。
一般的に理学療法といえば、脳卒中や障害を負った方への運動機能回復と考えられるかもしれませんが、がんに対しても適用でき、さまざまな効果が期待できます。がんに対する理学療法は幅広く、予防的、回復的、維持的、緩和的すべての段階に関わることができます(図1)。たとえば予防的利用であれば、手術前後の体力維持という目的で活用することができるため、合併症の発症を抑え、結果的に早期の退院を実現します。このように、がんに対して理学療法は、十分に活用することができます。また近年では運動が、がんの予防に効果があるという研究データも出ており、理学療法の可能性は、今後より一層広くなってくるといえるでしょう。

さらに理学療法は、がん治療を終えた退院後の生活を支援するという観点でも、大きな効果が期待できます。退院後のご自宅で過ごすための動き方や道具の提案はもちろん、就労支援といった社会復帰へのお手伝いも可能となります。
現在、がんの治療は入院中だけではなく外来でも、化学療法、放射線療法を受けることができます。こうした医療体制が整備され、がんへの治療法も進歩してきていますので、今後は入院中の治療だけではなく、自宅にいる段階からがんへの治療、そして治療後の生活も考える必要が出てくるでしょう。
こうして、がんへの治療法をはじめ、治療後の生活のことも含めると、その選択肢はとても増えつつあり、がん患者の方とそのご家族には、そうした選択肢があることをしっかりと知っていただき、そのうえでご自身の希望を伝えいただくことが、何よりも大切なことです。また国民の皆さまにも、がん患者だからといって、優しくしすぎたり、再発を恐れ敬遠してしまうのではなく、社会復帰ができるということをしっかり知っていただくことが今後重要になってくるのではないかと思います。

埼玉医科大学
保健医療学部理学療法学科 学科長 教授
理学療法士・博士(保健医療学)
高倉 保幸

(図1)がんのリハビリテーションの病期別の目的

特集1 理学療法でがん患者を支える。

Interviewee

  • 神戸大学医学部附属病院リハビリテーション部
    理学療法士・博士(保健学)
    井上 順一朗さん
  • がん患者のMさん
  • Mさんのご主人

手術、化学療法、放射線療法いずれにもリハビリテーションは有効

わたしは手術、化学療法、放射線療法を行うがん患者の皆さんに理学療法を行っています。
たとえば、手術を控えた方に対しては、術後の合併症予防や体力の低下を最小限に抑えるために、手術前からリハビリテーションを提供しています。手術後の方に対しては、早期のリハビリテーション提供することによって、順調な回復と、より早い退院が期待できます。
また化学療法、放射線療法を行った場合、その副作用によって体力が大きく奪われることがあります。もし体力が低下しつづけ、日常生活動作も行えなくなると治療継続自体が難しくなるという新たな問題が発生します。こうした問題を防ぎ、より効果的な治療を進めていただくためにも、がん治療においての体力の維持、日常生活動作の維持を目指したリハビリテーションの必要性は高いと考えられます。

最近では、がんのリハビリテーションの有効性はデータでも示されており、術前・術後、化学療法の治療中に活動性を下げずに維持している方は、入院期間が短くなる、合併症の発症率が低い、生命予後が伸びるといった結果が出ています(図2)。がんとは直接的な関係は見えませんが、体力低下や血液データの悪化が引き起こす合併症、感染症ががん患者の方の生命に与える影響は大きいですから、しっかりと対応すべき点だと思います。

がん患者へのリスク管理と心理的サポートの重要性

がん患者の方へのリハビリテーションの内容は、整形外科疾患や脳卒中といった方に提供する内容と大きな違いはありません。しかし、他の疾患とは異なる点として、リスク管理の重要性が挙げられます。
がんの場合、がん細胞や治療の影響によって、栄養状態の悪化や血小板・白血球の低下が起きることが多く、感染症が起こる危険性や出血のリスクが高まります。この見極めが十分でないと大きな負担を強いることもありえます。そうした事態を防ぐために、どれくらいの強度で運動をしていただくか、病状を正確に把握したうえで判断する必要があります。そのためには理学療法士自身の知識・技術の向上はもちろんですが、何よりも他職種との連携が鍵になります。がんの場合、短期的に病状の変化が起きる可能性があるため、特に主治医や看護師としっかり連携し、病状の把握に努めなくては最適なリハビリテーションを提供することはできません。

またがんとの闘病には、心理的負担も大きく、モチベーション維持が非常に難しいケースがあります。治る方もいらっしゃいますが、効果的な回復につながらない場合もあります。たとえば、はじめは「社会復帰」を目標に設定していた方が、病状によっては、「在宅復帰」に変わってしまう場合もあります。その状態で運動を続ける精神状態を保つことは容易ではありません。そのためにも比較的達成しやすい小さな目標を設定し、がん患者の方が達成感を感じていただくような工夫が必要です。また臨床心理士としっかり情報共有し、関わり方、距離感を大切にするように、こころがける必要があります。

がんのリハビリテーションの啓発と理学療法士教育の必要性

そもそもがん患者の方とそのご家族に、がんの治療中に積極的にリハビリテーションを行うことの重要性がきちんと伝わっていない現状があると思います。これは、とても価値のあるものですから、しっかり皆さんに伝えていきたいと思います。
一方で、がん患者の方が継続して、運動をできる施設も非常に少ないという課題もあります。地域のジムや体操教室などでできればいいのですが、主治医の許可書がないとできない場合や、万が一を恐れて、そもそも受け入れができない施設が多いのが現状です。こうした現状を解決する必要性はあると思います。また、がんのリハビリテーションを的確に行える理学療法士もまだまだ不足しています。課題として、学校教育や国家試験のカリキュラムに入っていない、卒業後もなかなか触れられる機会がない、といったことが課題としてあります。理学療法士が日々精進し、がん患者の方とご家族の支えの一端となればいいと考えています。

がん患者の方とご家族の声

がん患者のMさん

私は白血病で抗がん剤を使った移植治療をしています。リハビリテーションは治療開始と同時に始めていました。主治医から、リハビリテーションを継続したほうが移植後の回復が早まるという説明を受けて、取り組むようになりました。井上さんと一緒にストレッチしたり、ベッドの上で足を動かしたり、立ったり座ったりの運動、あとクリーンルームにある自転車を使った運動をしています。また毎日4000歩をクリアできるよう、頑張っています。

治療を始める前よりも若干体力は落ちましたけど、気になるほどではありません。
これなら退院をしても無理なく生活できそうだなという自信もついてきました。
副作用の吐き気がひどくて、本当につらい時期もありましたが、その時に応じて軽いストレッチだけとかメニューを調整していただいたので、苦なく続けることができたなと思います。現在は井上さんとのリハビリテーションがなくても自主トレに励むようにしています。

Mさんのご主人

近くでリハビリテーションを見ていても、楽しそうに和気あいあいとやっていて、それが一番だと思いますね。どうしても病室なんかだと一人きりの時間が多くなってしまうから、そういう意味でも一緒にいてくれるというのは助かります。病気のことではなくて、お互いの子供のこととか雑談を気兼ねなく話せるから、こちらとしても和みます。一緒にいる病室の皆さんとも笑い声が絶えない姿を見ると、すごく安心します。リハビリテーションというところでも助けられているけど、精神的な部分でもすごく救われています。

(図2)術前呼吸リハ実施による術後呼吸器合併症について

特集2 がんとともに生きるということ。

Interviewee

  • 国立研究開発法人 国立がん研究センター 東病院
    骨軟部腫瘍・リハビリテーション科
  • がん患者Yさん

退院後の生活支援 自己管理の重要性を訴える

現在、当院ではがん治療を行い、ご自宅に戻られた方への支援に力を入れています。現在のがん治療の場合、手術後早期に帰宅する場合があります。しかし、不安を抱く方も多く、それは一緒に暮らすご家族にも同様にいえることです。
私たちは、そうした方たちをサポートし、自立した生活を送ることができるよう、地域ぐるみの支援体制構築に取り組んでいます。まず、退院される方へ「地域連携リハビリテーションパス」と呼ばれる資料をお渡ししています。
「地域連携リハビリテーションパス」は千葉県柏市(以下、柏市)地域の医療従事者たちと協力して作り上げたもので、自宅でできる簡単な運動方法、自身の状態を把握するためのチェックシートが掲載されています。このチェックシートで、自分が行った日々の運動、体重等の変化、倦怠感の有無などを記録し、自己管理をしていただいています。さらに、活動時間を計測できる機器を身に着けていただくことで、運動の強度や運動をしていない時間帯等も把握できるのです。

私たちは、このチェックシートの情報をもとに、日々の活動や運動機能を把握し、体力の向上と維持のため、理学療法士としての視点でアドバイスしています。
この仕組みによって、がん患者の方は自身の変化を逐一確認し、少しずつの進歩をモチベーションにつなげていけるという効果も期待できるのです。さらに、医師や、理学療法士等の第三者に見守られているという感覚は、がん患者の方とそのご家族にとって安心感につながり、より安定した生活の糧となります。

地域の連携を深めがん患者の方とご家族を支える

こうした取り組みは効果が高く非常に重要ですが、退院後のすべての方に対してサービスを提供し続けるためには、一つの施設のみでは限界があります。そこで、この問題を解決するため、地域で活動している理学療法士との連携を進めています。柏市では特区事業が認可されており、柏市在宅リハビリテーション連絡会が主体となり、地域の病院や訪問看護、訪問リハビリテーションに勤務する理学療法士が一介に集まる機会が設けられています。私はその核となる医療従事者へ、まず自分の勤めている医療施設でがん治療を受けて、その後、柏市内で暮らしている方々のデータ提供をお願いしました。これによって得られた「地域連携リハビリテーションパス」のデータを共有し、より多角的な視点でサポートができる体制を目指しています。

現在は、柏市以外の地域におけるニーズも高まっており、今後さらなる拡大が必要となるでしょう。「地域連携リハビリテーションパス」のデータを直接的に治療した病院だけが持っているだけではなく、地域にいる理学療法士等、医療従事者や、訪問サービスのスタッフにも理解していただき、より地域におけるがんのリハビリテーション分野へ参画していただきたいと思っています。

がんとともに生きるという選択肢 そのための体制づくり

国立がん研究センターの多目的コホート研究において、身体活動量が多い群ほど死亡リスクが低下したと発表しています。(https://epi.ncc.go.jp/jphc/outcome/320.html)このデータから理学療法士は、がんのリハビリテーションへ、寄与できるということがいえます。現在でも、「がんは怖くない。」とは言い切れません。ただ、上手に付き合っていくことができるものとなってきています。運動が、生存期間を延ばす直接的な効果をもたらすことは難しいかもしれませんが、今後、エビデンスを構築し、がんの理学療法をより多くのがん患者の方のために提供できればと思います。そのためには、目の前の方のためにできることを探し続けることと同時に、教育・研究分野にも力を入れる必要があります。教育の段階でがんのリハビリテーションの奥深さを知る機会を作っていただくことにより、より多くの理学療法士に参画していただきたいと思います。がん患者の方に関わるということは、がん治療の知識、他職種との密な連携はもちろん、複雑な心情をくむといった臨床心理の領域に関する技能が求められるといった、独特の難しさがあります。なるべく早い段階から関わることができる環境を作る必要性は高いのではないでしょうか。 そして、国民の皆さんにも、「がんになっても普通に生活できる」という選択肢もあることを知っていただきたいと思います。そのために、私たち理学療法士も小中学校における出前授業や、一般企業管理職、産業医を対象とした講習会での講義等、啓発普及にも尽力しています。

運動をすることで、ガラッと変わる

がん患者Yさん

私は2016年3月に食道がんの手術を受け、退院しました。それ以降は、1、2ヶ月の頻度で通院しています。退院直後、理学療法士の上野さんから在宅リハビリテーションを紹介していただき、3ヶ月間、週1回利用していました。現在では、デイサービスを週1回3時間利用しています。

退院直後は、頭痛がひどくよく寝込んでいたことを覚えています。食事量も減って、精神的にもすごく落ち込んでしまい、なかなか積極的に運動ができていませんでした。当時妻も私には極力無理をさせないようにしていたように思います。ところがその時、主治医や上野さんから「歩くことと、運動することが大事だ。」と、はっきりと言われました。それからは1日に1万歩、必ず歩くようになりました。すると、生活が一変、毎朝起きるのが楽しいんです。今でも、台風が来て暴風雨がひどかった日以外は、ほぼ毎日歩いていますよ。いただいたチェックシートにその日の歩数を記録するのも楽しみの一つですし、運動を始めてからは、食事も取れるようになってきて、順調に回復していることが自覚できています。以前は、少し調子が悪いと、病気だからといってあきらめてしまって、常に不安がつきまとっていたような気がします。そうしたときに、いただいたサポートや前向きな言葉に助けられていましたことを覚えています。今後も継続して運動をしていきたいですね。

笑顔の肖像

"All for Cancer Patients. ―全てはがん患者さんのために― "

  • 国立がん研究センター東病院 骨軟部腫瘍・リハビリテーション科
    理学療法士・博士(人間健康科学)
    立松 典篤さん

私は、がん専門病院に勤務する、9年目の理学療法士です。多くのがん患者さんの診療に従事する傍ら、研究活動にも取り組んでおり、充実した日々を過ごしています。
「日本人の2人に1人が、がんに罹患する時代」といわれるように、がんは我々にとって身近な存在となっています。
このような状況の中で、2010年度診療報酬改定では「がん患者リハビリテーション料」が新設され、国の「がん対策基本推進計画」の中にもリハビリテーションの重要性が明記
されるなど、日本のがん医療におけるリハビリテーションへの注目は年々高まってきています。
当院での「がんのリハビリテーション」は入院患者さんを主な対象とし、治療に向けた体力の維持・向上、治療後の機能障害の回復、活動量低下や廃用症候群の予防・改善などに対する様々なリハビリテーションを提供しています。これらに加えて、近年では外来患者さんのサポート体制や働く世代の患者さんに対する就労支援、そして地域連携などにも活動を広げています。同時に、日本におけるがんのリハビリテーションのエビデンスを構築するため、研究活動にも力を入れて取り組んでいます。また、院外の活動としては、一般市民向けのイベントやがん関連学会などでの講演活動なども積極的に行うようにしており、がん患者さんやその家族、他職種の皆さんに「がんのリハビリテーション」を正しく理解していただけるよう頑張っています。

All for Cancer Patients. ―全てはがん患者さんのために― "

一人でも多くのがん患者さんを笑顔にするため、臨床と研究を両立することのできる理学療法士を目指して、これからも全力で突っ走っていきたいと思っています。

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