広報誌No.20 特集「スポーツと理学療法」

Message

活力ある国を目指し、スポーツと理学療法を活かす

法律で、理学療法士の業務は運動療法と物理療法に大別されています。運動療法とは、「運動能力の障害に対して、医学並びに運動治療学などの基礎理論を背景とした運動を治療に応用するもの」です。昭和41年に理学療法士が誕生して以来、脳卒中や骨折患者等の障害に対してひたすら治療とした運動療法を展開してきましたが、少子高齢社会の到来によって、運動を予防に活用することが求められるようになりました。小中学生の体力低下予防、勤労世代の腰痛予防・生活習慣病及び精神心理疾患予防、高齢者の体力低下予防、高齢者の介護予防等々があります。これらは国家的課題になっています。

予防のための運動は継続が絶対条件になるのですが、ところが多くの場合は挫折してしまいます。思いついて行動変容はできるのですが、それを継続することは意外と難しいのです。ほとんどの方は経験があると思いますが、「よーし、やろう」と決心しても長続きしないのが普通だと思います。そういう私も学生時代の勉強や社会人になってからの禁酒禁煙にどれだけ失敗したやら分かりません。
この継続性を高める方法の一つとして、スポーツという手段を通じた運動があります。スポーツにはチームという形での共同体意識、競技としての競争意識、個々としての自己実現などがあり、そのことが継続への力になります。市民レベルスポーツからアスリートとしてのスポーツと多様性があることも特徴です。最近では市民マラソンが全国各地で盛大に行われていることはその例と言えます。
2020年には東京オリンピック・パラリンピックがありますが、単にイベントに興奮するだけではなく、少子高齢社会の日本にスポーツによる健康づくりを達成し、活力のある国づくりを達成できればと考えています。運動やスポーツによる健康な国民づくり、それが東京オリンピック・パラリンピックの大きな意味と考えています。
しかし、スポーツには危険性も潜んでいます。不適切なスポーツによって、最悪の場合は心筋梗塞を起こすこともあります。自分自身の年齢や体力、そして嗜好性を考えたスポーツの選択が必要です。そのような時には、運動のスペシャリストである理学療法士に相談し、適切なスポーツを選択し、人生を謳歌してください。

公益社団法人 日本理学療法士協会
会長 半田 一登

Intoroduction

日本理学療法士協会では、2020東京オリンピック・パラリンピックというビッグイベントを機会に対策本部を立ち上げ、大会後の遺産(Legacy)も見据えた検討を重ねています。この取り組みの目的は、理学療法士が設定するゴールを、心身機能の回復等の医学レベルにとどめることなく、就学、職場、家庭復帰という地域や社会への「活動・参加」を重視した ICF(国際生活機能分類)の考え方にまで拡大することです。
今後は、2016年度を「啓発・発展期」、2017年度を「人材育成期」と位置付け、会員に対する事業を充実させて、現場のニーズに応えられる理学療法士の増加を目指します。理学療法士によるスポーツの関わりは、プロ選手として活躍するアスリートから、予防医学に基づき地域をエリアとした「健康体操」まで、非常に広がってきています。また、近年では、対象者が生きがいをもって、より充実した生涯を送れるよう、地域コミュニティーのつなぎ役としての理学療法士の役割が重要性を増してきています。

今回はそうした理学療法士とスポーツに関係する領域の紹介を、それぞれの現場で活躍している方々の「生の声」としてお伝えします。

理学療法士の活躍は、2020の日本最大イベントで「終わらせない」

公益社団法人 日本理学療法士協会
オリ・パラ対策本部 本部長 梶村 政司

特集1 障がい者スポーツと理学療法。ともに高みを目指していく。

四肢麻痺者等、比較的重度の障害のある方が参加できるチームスポーツとして考案された "ウィルチェアラグビー"。障がい者スポーツとは思えない激しいぶつかり合いが見る者を驚かせます。このスポーツは、障害に起因する選手の体調管理など、理学療法士の身体動作の専門性や、障害への知識が活用できる分野のひとつです。ウィルチェアラグビーの現状と、障がい者スポーツと理学療法の今後の可能性について、ウィルチェアラグビー日本代表である池崎大輔選手と、サポートを行う理学療法士の黒川奈津美さん、中村飛朗さんにお話を聞きました。

Interviewee

  • ウェルチェアラグビー日本代表 池崎 大輔 選手
  • 北海道中央労災病院せき損センター 理学療法士 黒川 奈津美さん
  • 北海道中央労災病院せき損センター 理学療法士 中村 飛朗さん

理学療法士?トレーナー?その言葉では表現しきれない、心強い存在

僕が、理学療法士に深く関わっていただくようになったのは、ウィルチェアラグビーを始めてからです。理学療法士と関わりがなかったころは、筋肉の張りや、違和感を感じたときは、自分なりに調べたり、周囲のトレーナーに訊いていました。しかし、正直に言って、その理由や原因がしっかりわからないことが多かったと思います。いまは、何かすこしでも気になることや、心配があれば、すぐに理学療法士に声をかけ、どう対処すればよいかなど、的確なアドバイスや処置をしてもらっています。僕たちは障害を持ちながら、スポーツをしているので、普通のプレーヤーよりも痛みなどの身体的な問題が多いと思いますし、選手自身もそのことで抱く不安や心配が非常に大きいんですね。そうした状況で、身体や障害のことをよくわかってくれている人が、すぐそばにいて、ケアをしてくれるという環境は非常に安心できます。痛みの緩和、怪我の予防法はもちろん、車椅子のシーティングの調整によるパフォーマンスの向上なども支援してくれています。また、トレーニングをする際、どういう風にやれば、より効率的か、より強化できるかという身体づくりについても具体的にアドバイスしてくれます。単にトレーナーというわけでもないし、理学療法士という言葉だけで表現するのも非常にもったいない気がします。いまは、適切な表現がわかりませんが、障がい者スポーツをする人間にとって、とにかく「心強く信頼できる存在」ということは間違いありません。彼らがいることで、僕たちは、心からプレーに集中でき、トレーニングにも全力で向き合えます。それは、何かあっても必ず助けてくれる、力になってくれるという強い信頼感があるからです。そうした信頼感があるからこそ、最高のパフォーマンスができるのだと思います。

僕たちがこのような恵まれた環境にいることには、非常に感謝していますし、こうした環境があるからこそ、積極的にプレーができて、よい結果に繋げられるのだと感じています。しかし、日本の障がい者スポーツ全体としては、障がい者スポーツに関わる理学療法士の数が不足しているように感じています。僕たちに必要な存在であることを知って、もっと理学療法士の方たちに、障がい者スポーツに積極的に入り込んでもらいたいと思っています。そうすれば障がい者のスポーツ参加がもっと活発になってくると思います。
プレーヤーとしては、世界一になることを目指しています。メディアにも注目される結果を出すことで、ウィルチェアラグビーをはじめ、障がい者スポーツ全体に興味・関心が持たれるはずです。そうして、障がい者スポーツも夢や希望を与えられるスポーツであるということを、障がい者はもちろん一般の方にも知ってもらい、障がい者スポーツがより社会に普及できたらと考えています。ウィルチェアラグビーというスポーツがその発端となりたいと思っています。そのためにも、選手はもちろん理学療法士やトレーナーともチーム一丸となって努力していきたいです。

障がい者スポーツを見に行くだけでも社会復帰の契機にもなりえる

黒川さん: わたしたちは、病院に勤めながら、ウィルチェアラグビーのサポートをしている理学療法士です。日本代表だけでなく、池崎選手が所属する北海道ビッグディッパーズという地域のチームにも関わっています。

中村さん: 北海道ビッグディッパーズでは、僕はコーチとしても活動しています。僕には障害はありませんが、プレーヤーとして練習に参加することもありますね。
きっかけは、学生のころ車椅子バスケットボールのサークルに携わったことですね。それから就職後も障がい者スポーツに関わりたいと思うようになりました。そんなとき、ちょうど就職先が北海道ビッグディッパーズという常にトップを目指すチームをサポートしていて、僕も本格的に関わるようになったんです。

黒川さん: もともと北海道ビッグディッパーズはわたしたちの上司が患者さんたちと作り上げたチームです。スポーツに取り組むことは、単に体を動かすという目的だけでなく、患者さんの社会復帰の契機にもなります。それに、スポーツ自体に参加しなくても、入院中の患者さんと選手が交流することで、退院後の生活を知ることができるという効果も期待できるので、積極的に支援を行っています。

理学療法士自身の自己研鑽のきっかけに

中村さん: 入院中の患者さんは、リハビリテーションを受けて障害をふまえた動作などを身に付けていきますが、病院の中での活動はできるようになっても、実際に家に帰ってからの生活は想像しづらくて、不安を感じる方が多いんです。そこで、同じような経験を経た障がい者スポーツの選手の姿を見たり、話すことで、家に帰ってからの生活がより具体的に想像することができます。たとえば、選手が自分で車を運転してくる姿は、患者さんにとっては、外に出ることができるという可能性を知ることができ、勇気づけになると思います。これから退院する患者さんにとって、選手の姿はひとつのゴールであり、モデルです。そういう意味でも、障がい者スポーツを見に行くということは、患者さんにとって効果的だと感じます。

黒川さん: そうですね。選手と話すだけでも、当事者目線での問題や、その解決方法、地域で活用できる制度のことを知るいい機会になりますし、思いがけない工夫や道具を使って生活上の不便を解決していることもあって、当事者ならではのアイディアに、わたしも驚かされることもありますよ。理学療法士は、患者さんに寄り添う努力はしていますが、どうしても気づけない部分があるので、そういう部分を選手の皆さんに助けてもらっているように思います。

選手同士の話し合いにも積極的に入り、戦略やポイントを共有。

競技用車椅子。傷の多さから競技の激しさがわかる。

ストレッチも理学療法士のサポートのもと、念入りに行われる。

練習前後のテーピングやグローブの着脱のフォローを適宜行う。

Pick Up! 障がい者スポーツを通して、広がった未来

上原優奈さんは、高校生のとき、柔道の試合で首の骨を折る大事故に見舞われました。スポーツなんて二度とできない。そう思っているときに担当の理学療法士だった黒川さんに紹介されたのが、ウィルチェアラグビーでした。

ウィルチェアラグビーを本格的に始めて1年くらい経ちます。元々スポーツは大好きだったのですが、障がいを持った体ではスポーツをするイメージが全然できなくて、もうやれないだろうなとあきらめていました。そんなときになっつ(※黒川さん)に誘われて、練習を見学しに行ったんです。そのときは、ぶつかり合う激しさに驚きながらも、選手のみんなに誘われて、自分もやってみたいと思いました。そして徐々に練習に参加しだした感じです。そもそも車椅子で人前に出ることが嫌だったり、退院後の生活などの不安があったんですが、実際に生活をしている選手のみんなと話すことで、その不安がなくなったり、発見もたくさんありました。
それに、障がい者スポーツでは、障害によって制限される動作が多いのですが、自分自身負けず嫌いということもあって、どんどんトレーニングへの意欲が湧いて、頑張ることができました。それは結果的に良いリハビリテーションになったと思います。
負傷した当初に想像していた未来とは、違う未来があることを、障がい者スポーツを通して知ることができたと思います。そのきっかけをくれたなっつには、とても感謝しています。いまのわたしの目標は、日本代表レベルのプレーヤーになることです。そのために、これからも日々頑張りたいと思います。そして、ウィルチェアラグビーの普及や、まだ少ない女性プレーヤーの参加のお手伝いができたらと思います。

特集2 資格ではなく、何ができるか。ほんとうに必要とされる人材とは。

東京都北区にある、国立スポーツ科学センター。ここは、"日本のスポーツを強くすること"を目的として、スポーツ科学・医学、先端的な研究をもとに開発された器具・機材を活用し、日本のトップアスリートたちをサポートする日本最先端の施設です。多様な専門職が連携する現場で、理学療法の知識・技術がどのように活かされているのか、国立スポーツ科学センターメディカルセンターに勤務される松田直樹さんにアスリートをサポートするという視点から理学療法の有用性と、今後の課題をお聞きしました。

Interviewee

  • 国立スポーツ科学センター アスリートリハビリテーション
    アスレティックトレーナー・理学療法士
    松田 直樹さん

理学療法をスポーツに活用 リハビリテーションだけでなく向上にも

わたしは、国立スポーツ科学センター(以下JISS)のメディカルセンターのアスリートリハビリテーションに勤務しています。ここでは主に、怪我をした選手を中心とした復帰に向けてのリハビリテーションやトレーニングを行っています。また、怪我の再発防止や、パフォーマンス向上を目的としたトレーニングも行います。大会に帯同し、選手のコンディショニングなどを実施することもあります。
理学療法がスポーツとどう関わるのかと思う方もいるかもしれませんが、怪我から復帰までのリハビリテーションはもちろん、外傷・障害予防およびパフォーマンスアップのためのトレーニングなどを指導するときに活用することができます。たとえば、競技中に転んだり、不意にバランスを崩したりしないためのトレーニングは、選手の姿勢の安定性の強化につながります。安定性が増せば、相手に押されても倒れずに済みます。また、体の負担が少ない効率のいい動き方を身に付ければ、最小限の負担で動きができ、怪我を予防すると同時に、全体的なパフォーマンスが向上します。

ただし、理学療法の知識・技術だけでは、スポーツをサポートするのに十分とは言えません。わたしは、Jリーグのチームで活動することをきっかけに、スポーツと本格的に関わることになりましたが、理学療法士としてではなく、理学療法の知識をベースに持ったトレーナーとして認識されていたと思います。つまり理学療法はスポーツに有用ではあるけれど、それだけではスポーツの現場では活躍はできません。わたしの場合は自身の選手としてのスポーツ活動や、大学院で体育学を専攻したりするなかで、栄養学やトレーニング法、コーチングなどのスポーツをサポートする際に求められる知識を身に付けていきました。日本体育協会のアスレティックトレーナーの資格も取得しました。
一方で、理学療法士としての病院勤務した経験が現在に活きていることもあります。わたしは救急や急性期がメインの総合病院に11年間勤務し、脳血管障害や、脳性麻痺の子供のリハビリテーションに多く携わりました。そのときに、相手に伝えたいことを理解してもらうために、どのようにコミュニケーションをとり動作を誘導していけばよいかなど、多くのことを学んだと思います。

日本の技術は世界に誇れる水準、足りないのは教育システム

日本の理学療法の技術や、医学の学問は、世界にけして劣っているわけではありません。むしろ、手術の技術や、リハビリテーションの技術・研究は、世界に誇れるものがたくさんあります。しかし、スポーツの分野においては海外に比べて、スポーツ理学療法士の教育システムが十分ではありません。スポーツの現場で理学療法士が使える実務的な能力を身に付けられるだけの教育・実習の機会が圧倒的に少ないと思います。
スポーツの現場では、求められる能力が多岐にわたります。生命に関わるアクシデントでの救急救命処置、外傷直後のケア、30~40人といった大人数のチームトレーニングをコーチングする技術、アンチドーピングなど不正行為を防ぐためのマネジメントといった総合力が不可欠です。現在の理学療法の教育システムには、その部分が不足しています。スポーツ分野の大学院教育も複数ありますが、多くの大学院は研究がメインで、スポーツ現場の実務の能力を育て養成することを前提にプログラムされた大学院は多くはありません。そのため、大学院は出たけれど、なかなか活動先を見つけることができません。大学院教育、専門教育のなかで研究だけではなく、実践できる技術、職能の力を鍛え上げるシステムが必要だと思います。
また、スポーツに関わる理学療法士 を認定する、IFSPT : International Federation Sports Physical Therapistという組織があります。国際的なスポーツ理学療法の教育基準となっており、現在は、世界7か国で認定を受けることできます。しかし残念ながら、日本ではこの教育制度に準拠していません。

スポーツの理学療法士へのニーズは強くあります。現に、わたしが所属する、アスリートリハビリテーションには、9名のトレーナーがいますが、そのうちの8名が理学療法士の資格を持っています。また、ハイパフォーマンスジムという選手の姿勢やバランス、運動能力を客観的に評価しながら、トレーニングを組み立てていく部門にも、理学療法士がいます。競泳やシンクロなどの競技団体をサポートしているトレーナーや、Jリーグ、プロ野球、バスケットボールにも多く所属しています。スポーツ現場には多くのトレーナーのニーズがありますから、現場で活躍できるための必要な能力を身に付けた人材をもっと投入すべきだと思います。それは結果的に、日本全体のスポーツ力向上につながりますから、システムの改善は、しっかりと行うべきだと思います。

肝心なのは、何ができるか。あきらめずにチャレンジしてほしい

教育システムの充実を今後の課題として挙げましたが、スポーツに関わりたいという熱意のある理学療法士にはそれをまたずに、自ら足りないところを補う努力をしてほしいと思います。たくさんの課題にしっかり立ち向かい、決してあきらめず、自分のできることを増やして、スポーツの現場にどんどん出てきてほしいと思います。学ぶ場所が少ないといえ、以前よりは、格段に増えています。自分から求めていけば、道を開くことは可能だと思います。取得のハードルは高いですが、日本体育協会公認アスレティックトレーナーなど、選手たちに的確なサポートがするための資格を取得できる方法もあります。
現場では、理学療法の範疇を越えた業務が発生します。"理学療法士だから欲しい"わけではなく、"メディカルスタッフとして何ができるか"を求められます。そうした部分にしっかり応えてはじめて、選手たちのパフォーマンスをサポートできるスタッフとなることができます。

また、トップアスリートの世界だけではなく、地域の中でもスポーツに関わる機会はたくさんあります。そういった場に参加する理学療法士が増えてほしいと思っています。スポーツの現場では、さまざまな外傷が発生します。ぜひ理学療法士には、急性期の対応力を身に付けておいてほしいと思います。救命救急や脳しんとうへの対応といった重篤なものから擦り傷、捻挫、骨折といった外傷への対応ができれば、多くの選手たちの助けとなることができると思います。このような対応力を、率先して理学療法士が身に付けることが、活躍の場を広げるための一歩になるのではないかと思います。
2020年の東京オリンピックを機に、日本でのスポーツ振興が高まっています。理学療法士が、日本全体のスポー ツ振興に貢献できればうれしく思います。

特集3 地域スポーツでの参加が理学療法の可能性を広げる。

近年、高校野球や高校サッカーといった学生スポーツや、地域のスポーツクラブ等に、多くの理学療法士が関わり、スポーツの振興に貢献しています。理学療法士が、怪我の予防やコンディショニングを行うことで、健康的なスポーツ活動や、競技力の向上を実現しています。特に群馬県では学生スポーツ支援活動の草分けとなっています。現在も運営管理を行っている坂本雅昭さんに、地域スポーツへの参入のきっかけや、どのようにして大規模な活動を実現させているのか、そして、その活動をさらに充実させるためのお考えをお聞きしました。

Interviewee

  • 群馬大学大学院保健学研究科 教授 リハビリテーション学講座
    理学療法士/医学博士
    坂本 雅昭さん

きっかけは高校サッカー 真剣に頑張る若者たちを支援したい

わたしが、地域スポーツに関わり持ったのは、群馬県内のある高校のサッカーチームの監督からの相談でした。そのチームは日本でも有数の強豪チームでしたが、トレーニング・練習だけでは、なかなか全国で勝ち上がっていくことができませんでした。その解決策として監督が考えたのが、怪我の予防や、コンディションの維持といった観点で対策を取ることでした。そこで、理学療法士が日々の練習や試合などに足を運び、全国大会にも帯同するようになりました。当時としては、チームに理学療法士が専属で付くということは、まだ珍しく先駆的なことだったと思います。

その活動のなかでわたしが目にしたのが、選手たちに適切なケアが十分にされていない他チームの様子でした。学校スポーツは、さまざまなレベルのチームが参加しますが、それをサポートするスタッフにもばらつきがありました。適切なケアに関する知識がないチームでは、選手が怪我をした場合に適切な対応がされずそのためにチームの他の選手たちにも影響が出てしまうこともありました。
わたしは、その状態を目の前にして、率直にどうにかしてあげたいと思ったんです。そして、その対策として、試合会場に理学療法士を配置するということを発案しました。理学療法士が、チームを問わず対応が必要な選手に適切な処置をすることで、大会全体にとってもプラスになると考えたのです。そのアイディアを群馬県の高校体育連盟に相談をしたところ、ぜひやってほしいと回答があり、現在の活動が始まりました。今では、高校サッカーだけではなく、高校野球や、バスケットボールの試合にも理学療法士が配置されています。

強固なネットワークとデータベースを構築し充実した支援を実現

一言で試合会場に必ず理学療法士を配置させると言っても、容易なことではありません。特に大きな問題は、人材です。群馬県内だけでも試合は多数あり、競技場も各地に点在しています。確実に理学療法士を配置するとなると、多くの理学療法士の協力が必要です。
その問題を解決するために取り組んだのが、ネットワークとシステムの構築です。活動基盤として運営しているのが、「群馬県スポーツリハビリテーション研究会」という団体です。この団体は、年に群馬県で開催された世界スプリントスケート選手権で、競技選手をケアする理学療法士を組織化するために設立した団体です。その活動のひとつに、地域スポーツのサポートを組み込みました。この団体を通して、ボランティアとして活動に参加してくれる理学療法士の情報を蓄積し、各地の試合会場にスタッフとして派遣しています。

派遣する際の人材は、データベースに蓄積した情報を利用しています。データベースには理学療法士ごとに派遣回数や派遣先、またどのような競技に関わったことがあるかといった情報が記載されています。その情報をもとに、競技や会場の場所に適した人材を選定しています。また派遣する際は、特別な理由がないかぎり、必ず2名配置し、選手の皆さんに十分なサポートが行えるように努めています。そうしたシステムがあって、はじめてこの活動が実現できていると思います。

技術だけでなく取り組む姿勢と意識も育成する

また、十分に人を配置すると同時に、配置する人材がスポーツの現場に関わるうえで求められる最低限の知識や技術もしっかり担保するように努めています。
まず、この活動に参加するためには、二日間の講習会への参加が必須条件になっています。講習会では、スポーツとはどういうものかという基本知識から、コンディショニング、応急処置といった実践的な内容まで学ぶことができます。講習会の最後には、実技試験もあり、十分な知識と技術を身に付けてもらいます。しかし、そこで学んだからといって、 一定の現場経験がなければ、十分な活躍はできません。そのため、配置する2名は、基本的にベテランと、経験の浅い若手という組み合わせにしています。先輩とともに現場経験を積み、多くのことを学ぶことで、経験豊富な人材を増やしていこうという取り組みです。そうすることで、技術面だけでなく、取り組む姿勢や意識の持ち方なども受け継がれていくと思います。
特に忘れてはいけないのが、主役は選手たち自身であり、わたしたち理学療法士は、裏方だということです。スポーツというと、華やかな印象がありますが、けっして理学療法士自身は主役にはならないのです。その意識がなければ、スポーツに適切に関わることができません。そうした姿勢を学ぶという意味でも、先輩とともに現場経験を積むことは大切です。

この育成システムを構築しているのは、選手の皆さんにより良い支援を行うためでもありますし、何か間違いが起きて、理学療法士全体の信頼損失ということがないようにしなければいけないからです。このシステムを活用して、今後ますますしっかりと地域スポーツをサポートしていきたいと考えています。

地道に活動分野を広げる それは理学療法士にも大きなメリット

地域スポーツに関わるうえでの課題は、まだまだ不足している人材をどう確保していくかです。そこには、活動が報酬というかたちで評価されないというボランティアならではの問題が横たわっています。理学療法士の就業環境が変わり、以前は活動への参加を業務の一部と認めてくれていた施設も、経営上の理由で積極的に参加させづらくなっています。休日を利用して活動に参加してもらう仕組みでは、理学療法士自身の犠牲が付きまといます。そのため、地域スポーツに関わることのできる理学療法士がなかなか増えていかないのです。行政も財政難という課題を抱えてはいますが、この問題を解決するためには、最終的には国を動かさないといけないと思います。

わたしたちも、まずは理学療法士の有用性をしっかり一般の方々に知ってもらおうと、普及活動を行っています。たとえば、群馬県内の中学校6校に理学療法士を定期的に派遣し、生徒や教員の方たちと交流を図っています。そこでは、理学療法についての講演や、部活動に参加し、どのようなトレーニングがいいかといった具体的な対応をすることもあります。普及活動を通して、理学療法を正しく知ってもらい、そのうえで「何をしてほしいのか」という具体的な要望につなぎ合わせたいと思っています。
また理学療法士にとっても、スポーツの現場に出ることの利点が多いことを知ってもらいたいです。わたしは、身体動作を科学するのが理学療法だと思っています。その観点で言えば、わたしが関わっているスポーツクライミングや新体操の選手には、従来の知識とは異なる動きをされて、驚かされることが多々あります。そうした発見はスポーツ分野への応用だけではなく、日常の業務や、身体機能に不備の生じやすい高齢者の予防活動に対しても、いままでと異なるアプローチを可能にするかもしれません。理学療法士がスポーツ現場への参加することで、日本全体に大きなメリットがあるのではないでしょうか。

試合後の入念なケアが、選手たちの次につながる。

関わった選手が入賞したことも。そのことが何よりも大きな喜び。

高校生だけでなく、小中学生にも正しいトレーニングを指導。

笑顔の肖像

  • 京都大学大学院医学研究科 人間健康科学系専攻
    リハビリテーション科学コース 理学療法学講座 運動機能開発学分野
    博士後期課程 田代 雄斗さん

私は、理学療法士として大学院で研究活動に取り組む傍ら、大学時代に始めたボート競技に選手・トレーナーとして関わってきました。現在の私の一番の目標は、ボート競技の日本代表チームを2020年に開催される東京オリンピックでサポートすることです。

大学時代にボート競技に出会い、学部生時代は選手として関西選手権優勝、全日本選手権で5位入賞など、自分でも信じられない成績を残すことができました。また、トレーナーを兼任しておりウォーミングアップ・クーリングダウンの指導や怪我をした選手のサポートなども行っていました。さらに、地域の小学生ボートクラブでもサポートを行っており、成長期の子どもに対するサポートも学ぶことができました。
また、大学院進学後は研究活動に加えて選手・トレーナー活動も継続し、三本柱の活動を行ってきました。この3つを両立するためには、非常に多くの時間を費やす必要がありますが、選手を続けることは自分の体を以て学んだことを実践でき、トレーナー活動でもサポートする相手に研究結果を還元していくことで学びを深められると考えたため努力してきました。大学院で取り組んでいる研究は、ボート競技において特に問題となっている腰痛の原因解明及び治療と、子どもの体力向上に関することです。近年、理学療法を含む医療において、EBM(Evidence Based Medicine)という言葉が広まり、科学的な根拠つまりエビデンスに基づいた医療を行うことが重要視されています。これらの研究を行うことでつなげていきたいです。
スポーツの現場では、監督、コーチを始め、多くの プロフェッショナルがサポートにあたっています。その中で解剖・運動学に強みを持つ理学療法士としてうまく連携して活動できるように今後も努めていきます。

全体のPDFはこちら

トップへ戻る